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君が笑えば何よりの強さになる

声優さんやアイドル、日常について思ったことを書き綴っています。

ガチ恋なのかどうかっていうはなし

声優
 
書き起こして残しておきたいと思うことが増えたから、とりあえずブログに書くことにしました。といっても長文になるとやっぱり多少は構成とか考えてしまってうまくまとまらないんだけど、まあまとまらないのはそれはそれでいいかなと思うのだ。わたしがわかればいい。
 
最近急激に南條さん熱が上がってるんだけど本当に理由がわからなくて困惑している。見てるだけでドキドキするし楽しいし、なんかこれっていわゆる「ガチ恋」ってやつなのかと思うけど恋って言われると疑問符しか浮かばない。
恋って相手を見たり声を聞いたりすることでドキドキはするけど、それ以上に向こうからの連絡にそわそわしたり、相手の言うことに一喜一憂することじゃないか。でも別に南條さんはわたしが一方的に見ていて一方的に好きなだけで、イベントはそこそその数行ってるものの、認知とかないし、良くて「言われてみれば見たことあるかも〜」くらいだと思うんですよね。そりゃあなんかの拍子にレスなんてもらえたら舞い上がるけど、恋なのか?
 
そう考えると、「ガチ恋」ってオタク的用語すぎて気持ち悪い。こんな言葉作ったの誰だよ。上手いこと言うなよって感じする。推しのことが好きで好きでしかたなくて中には本当に恋みたいな感情抱いてる人もいるとは思う。それは全然いいんじゃない?ちょっと気持ち悪いけどって感じはする。
けど、それを考えれば考えるほどわたしはガチ恋なのかどうなのかが気になりすぎてしまってだめである。
 
元AKBのまりちゃん、わたしあの人のこと大好きだったし、今も好きだけど、明らかに矢印が南條さんに向きすぎていて、今はもうほぼ追いかけてない。インスタもフォローしてるけどたまにばーっと遡って見るくらいで、写真ももう全然保存してないし、パソコンには残ってるけどスマホにはほとんど入ってない。テレビに出てても正直見てないことの方が多い。昔は見ないなんてことありえなかったのにね。変わったもんだなぁと思う。あの頃のわたし、まりちゃんに「ガチ恋」だったような記憶があるんだけどな。
アイドルは卒業がわたしには節目だったかもしれない。早く辞めちゃえばいいのにと思ってはいたけど、いざ辞めてしまったら寂しかったり、ソロの仕事があまりわたしの興味のものではなかったりとかが多くて、多分ついていくのをやめた。わたしはきっと、アイドルのまりちゃんが好きだったんだと思う。
 
話ずれたけど、南條さんに対してあの頃のような気持ちになることは正直言ってないし、というかむしろあの頃よりもドキドキしてる。可愛い、どう見ても可愛いって気持ちにしかならないし、ものすごく会いたい、見たい、って思うし、声聴きたかったりとか歌ってるところが見たかったりとか、そんなの当然あるんだけど、これは「ガチ恋」オタク特有のものなのか甚だ疑問である。どこからがガチ恋なんだろう。定義がわからない。ドキドキしたらガチ恋?つり橋効果じゃないかそんなの。
 
ガチ恋の定義はわかんないしなんとなくわたしは違うって思っているけど、これは他の人からみたらただの同族嫌悪的なものになるんだろうか。便利な言葉生み出したもんだよなほんとに。
でも少なくとも、南條さんを見ていると楽しいからまさに「いまが最高!」って気持ちで日々生きている、気はする。普通に恋してた頃はやっぱり返信こないことに悩んだりとかメンタルゴリゴリ削られていたけど、声優さんとファンだとそんなにイベントも過多ではないし、南條さんとは接近する機会とか全然ないからいい距離感でいられる気がする。メンタルも削られないし。日常で削られたメンタルを南條さんを見ることで回復的な感じなのかもしれない。
 
結局ガチ恋ってなんなのかわかんないし自分がどうなのかもわかんないって結論に至るんだけど、まあそれはそれでいいや、という感じ。
別に期間が限られた好きではないけど、いつ彼女を越すものが出てくるかはわからないし、二度もこういう状況に陥ってるあたり他のものに惹かれたとしても行く末はここなんだろうな。たまに冷静になって考えてまあいっか、ってなるのもそんな悪くはないし、南條さんのこと好きだなぁって思うからオタクってちょろいんだよね。
これからも自分の財布事情に見合った程度にイベント行って楽しくオタクしたいなって思うのだけど、実際今はいけないイベントが歯がゆくて仕方ないから欲が出てきたなと思うよね。せめて欲を満たせる程度に働いてイベントに行きたいね。
 
ガチ恋について考えた結果は、ただ好きだと再確認しただけだった。